2016年2月29日月曜日

世の中甘くない。

以前、日本で働いていた時の職場の先輩から、こんな話を聞いた。先輩の友人は、自分の夫のいとこと相思相愛になってしまったらしい。最初はお互い意識しないようにしていたらしいけれど、結局、気持ちが抑えられなかったのと、自分の夫も浮気をしていたことがきっかけで、気持ちを確かめ合ったとか。

2016年2月27日土曜日

嬉しい不謹慎な言葉。

夕食後、義父は早々に寝室に行ってしまった。義父は義母の事故に関して、妙に冷静でどこか無関心のように感じたけれど、もしかしたら混乱すればする程、冷静になるタイプなのかもしれない。私は義父に対して、いつも通りの対応を心掛けた。

2016年2月26日金曜日

浮かれる私。

義母は頭部を強く打ったため、意識が戻らない。このまま戻らない可能性もあるし、ふとした時に戻るかもしれない。ドクターにそう説明された時、私は「意識が戻らなければいいのにな」と思ってしまった。

2016年2月25日木曜日

このまま息を引き取ればいいのに。

義母が入院している病院に到着すると、丁度玄関ロビーで義叔父夫婦に会った。義叔父夫婦は、いつまでここにいても変わらないという理由で、今日はとりあえず帰宅する、と言った。だが私に会うと、「もう少しいようかな」ということになり、また共に病室に行った。

2016年2月23日火曜日

理性は、脆い。

義母の入院の用意をした私は、再び義母が入院する病院へ向かった。正直何故私が…という思いがあったけれど、私しかする人がいない。車に乗っている間に携帯を確認すると、夫から何件もの不在着信が入っていた。

2016年2月22日月曜日

言葉のむずかしさ。

施設についてから、私は義母が事故にあったことを、夫の担当医であるフランクに報告した。フランクは状況を把握すると、「今日はご主人を退院させない方がいいでしょう」と言った。

2016年2月20日土曜日

死を願うとき。

車に乗ってから私は、いとこと来るべきではなかったと思った。

2016年2月19日金曜日

ラーメンが食べたい。

義母は頭部を強く打ったらしく、即入院となった。私は医師の説明があるまでは、ただ待機していることしかできなく、椅子に座って辛抱強く待つ事しかなかった。

2016年2月18日木曜日

意識不明の義母。

一瞬の出来事で、私は何が何だか咄嗟に理解できなかった。

2016年2月17日水曜日

交通事故。

夫の退院日は、あっという間にきた。退院後ももちろんカウセリングを続けていくので、まだまだ完全な終わりというわけではないけれど、それでも1つの区切りだ。

2016年2月15日月曜日

良いことと悪いこと。

Fさんは「もう申し訳なくてポリーさんとは付き合えない」と言っていたけれど、悪い人ではないし、いつか離婚について話を聞くときがあるかもしれないと思って、私はFさんと付き合いは継続させたいなと考えていた。

2016年2月13日土曜日

SNSの怖さ。

日本にいる友人が、犬を飼い始めたのを機にブログを開始した。犬の成長や思い出を綴ることが目的だそうだ。

2016年2月12日金曜日

離婚を決意する瞬間。

Fさんに会うのが、怖かった。

2016年2月10日水曜日

再会。

翌日、再び施設に入院するため、夫と共に施設に向かった。フランクが言うには、もう少しで退院できるという。最後の治療だと思うと、私も夫も幾分弾んでいた。

2016年2月8日月曜日

新居なんて。

翌日夫から「やっぱり別居はやめて、同居にしよう」と言われた。

説得に失敗。

義母の言う通り、我が家は、玄関、キッチン、リビング、水回り…ほぼ全てが義両親とは別だった。一応中で繋がっており、簡単に行き来できるけれど、一般的にみたらかなりプライバシーは守られていると思うし、日本の二世帯住宅よりも随分恵まれていると思う。

2016年2月5日金曜日

同居か別居か。

夫が入院している間、週に2回、夫の担当医であるフランクがカウセリングにきてくれた。フランクのおかげで夫に話し相手ができたし、フランクと話すことで、夫は元気になってきた。何もかもがうまくいきそうだった。

2016年2月3日水曜日

ただ、馬鹿なだけ。

夫のことを絶対に許さないと思っていた。いつか絶対にどんな形でも何か復讐してやる、と思っていた。けれども夫から謝罪してもらえたことで、そんな思いは一気に吹き飛んでしまった。

2016年2月2日火曜日

初めて、報われた日。

幸い私の怪我は軽いものだったので、すぐに退院できた。けれども夫は、1ヶ月程の入院が必要だった。

2016年2月1日月曜日

一夜明けて。

病院で手当を受けた後、警察からの事情聴取が待っていた。